みその歴史
平安時代 みそは高級官僚の月給。
庶民の手の届かない贅沢品だった。
むかしのみそは、料理をするときに使うものではなかったんです。まるで乾いた納豆のようなものと、汁っぽいどろどろとしたものとがあり、食べ物につけたり、かけたり、そのままなめたりして食べていました。

また、薬としても利用されていたんです!!

この時代のみそは貴族やえらいお坊さんしか口に入らない高級品だったので、麻や絹、塩などとともにみそは税として納められていたんです。

だから当時の高級官僚には、みそがお給料として支給されていました。みそは平安貴族の食卓にのぼっても、庶民の口にはなかなか入らない贅沢な品だったのです。

高級官僚のお給料?その影響か贈答品としても重宝され、お役人の家に届けられた贈答品の中には、みそもあったんだよ!と記している資料もあるそうです。

みその売買はこの時代以前から行なわれていたんですが、みその専門店が史料に登場するのは、「延喜式」に記された京都東市の醤店と西市の未醤店が最初でした。

当時の市場には、みその他にも米、塩、油、干魚、絹、綿、針、筆などのお店がずらり。

この頃みそがまだまだ贅沢品だったとはいえ、これらの品々と同等の生活必需品になりつつあったのですっっ!



鎌倉時代 みそ汁の登場が
日本人の食習慣に革命を起した!
みそ汁がつくられ始めたことは、みその歴史の中でもっとも重要な出来事のひとつ!

鎌倉時代の禅宗のお寺では、中国からやってきた僧の影響ですり鉢が使われるようになりました。

そして、「粒みそ」をすりつぶした「すりみそ」がつくられたんです。すってみたら水にとっても溶けやすいことがわかり、それがきっかけでみそ汁が生まれました

みそ汁の登場で「一汁一菜」という鎌倉武士の食事の基本が確率!それが明治、大正にいたるまで長く受け継がれていったのです。

し・か・も!主食や”一菜”中身はいろいろ変化したのに、”一汁”だけは常にみそ汁だったんですよ。

今となっては、「一汁一菜」は粗食の代名詞のように言われているけど、この時代のみそは武士や僧侶などの特権階級の口にしか入ることはなく、庶民がみそ汁を食べるようになったのは、大豆の生産が増えてくる室町時代になってからのことだったんです。


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